視床下部・下垂体疾患 pituitary_gland
視床下部・下垂体疾患とは
下垂体は脳の基部、鼻梁の後ろ、視床下部の真下にあり、トルコ鞍と呼ばれる蝶形骨のくぼみにあります。その大きさは小指の先程度とされています。下垂体は視床下部-下垂体複合体を形成し、重要な身体機能を制御するホルモンの脳の中央指令センターとして機能します。
下垂体は下垂体前葉と脳下垂体後葉に分かれます。甲状腺前葉では甲状腺刺激ホルモン(TSH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、成長ホルモン(GH)、プロラクチン(PRL)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)が分泌されます。下垂体後葉では抗利尿ホルモン(パソプレシン:ADH)やオキシトシン(子宮を収縮させる働きがある)が分泌されます。上記のホルモン量が何らかの原因で、過剰あるいは不足することで様々な症状が現れていきます。
下垂体ホルモンが不足するバソプレシン(ADH)分泌不全(中枢性尿崩症)、ACTH分泌不全症、TSH分泌不全症、GH分泌不全症、LH・FSH(ゴナドトロピン)分泌不全症があります。反対に下垂体ホルモンが過剰にでるバソプレシン分泌亢進症(SIADH)、TSH分泌亢進症、PRL分泌亢進症、ACTH分泌亢進症、LH、FSH分泌亢進症、GH分泌亢進症があります。
主な下垂体疾患は次の通りです。
非機能性下垂体腺腫
非機能性下垂腺腫とは
非機能性下垂腺腫は下垂体腺腫の中の約3~4割を占めます。小さいものでは症状でないことが多いですが、腫瘍大きくなると視神経を圧迫し視力・視野障害や頭痛をきたすことがあります。また腫瘍が下垂体を圧迫することで下垂体機能前葉機能低下症や下垂体後葉ホルモン(ADH)の分泌が低下すると、多尿になる尿崩症になります。
下垂体鞍上部に伸展すると下垂体茎または視床下部が圧迫をうけて高プロラクチン血症をきたすこともあります。視力・視野障害が出現すれば、通常、経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術が行われます。手術をしない場合は6~12ヶ月ごとにMRIで経過を観察していきます。1cm以下のミクロアデノーマの場合には増大することはまれですが、1cm以上のマクロアデノーマの場合、約半数が増大します。
症状がなくても大きくなる腫瘍の場合には手術が考慮されます。また腫瘍が大きい場合は突然の頭痛をきたす下垂体卒中が起こることがあります。
下垂体前葉機能低下症
下垂体前葉機能低下症とは
下垂体前葉ホルモンの一部またはすべてが何らかの原因で十分に分泌できず、下垂体ホルモンとその調節下にある末梢器官のホルモンが欠乏した状態を意味します。原因としては腫瘍(下垂体腺腫、胚細胞腫瘍、頭蓋咽頭腫など)、炎症炎症性疾患(IgG4関連疾患、リンパ球性下垂体炎など)、外傷・手術・薬剤(免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連有害事象としてACTH分泌低下症など)、シーハン症候群(分娩時大出血後)、特発性、および遺伝子異常に起因する家族性があります。
単独欠損症はGHやACTHに多く、前者では出産時の児のトラブル(骨盤位分娩など)が、後者では自己免疫機序の関与が示唆されています。
各ホルモンの低下症状
成長ホルモンの分泌低下
成長障害、易疲労感、スタミナ低下、集中力低下、気力低下、うつ状態、性欲低下、内臓脂肪の増加、骨量の低下、筋力低下、脱毛、など
ゴナドトロピン分泌低下
二次性徴の欠如、 月経異常 、性欲低下、インポテンス、不妊 、恥毛・腋毛の脱落など不活発
甲状腺刺激ホルモン分泌低下
寒がり、不活発、脱毛、徐脈、発育障害など。
副腎皮質刺激ホルモン分泌低下
全身倦怠感、易疲労性、食欲不振、意識消失(低血糖や低ナトリウム血症による)、低血圧など
各ホルモンの低下症状のボックスに記述
内分泌検査では、コルチゾール、ACTH、FT3、FT4,TSH、GH、IGF-I、FSH、LHをとり、これらのホルモン基礎値の低下をみます。
入院にてホルモン分泌能をみるために負荷試験をおこないます。下垂体前葉ホルモン分泌刺激試験(CRH試験、TRH試験、LH-RH試験)において下垂体ホルモン測定。
GH分泌刺激試験として、インスリン負荷、アルギニン負荷、グルカゴン負荷又GHRP-2負荷試験を行います。 視床下部障害が疑われる場合はインスリン低血糖試験(0.1U/kg静注)が行われます。 画像検査では下垂体造影MRIをとります。
原因疾患が判明している場合は、それに対する治療(薬物療法、手術療法、放射線治療 等)も行っていきますが、まず副腎皮質機能低下があればホルモンを補充していきます。
ACTH、TSHが低下している場合には、まず副腎皮質ホルモンを開始して、その後に甲状腺ホルモンの補充を行います。その後に性ホルモンや成長ホルモンを補充します。
重症成人成長ホルモン低下症では疲れやすい、スタミナの低下、集中力低下、気力の低下、うつ状態、性欲の低下などの自覚症状の改善とともに生活の質の改善と体脂肪が減り、筋肉、骨塩量が増えるなどの体組成の改善を期待し、GH製剤を注射します。一定の基準を満たす場合は、難病の方のための医療費助成制度の対象となります。また、医療費が一定の額以上となる場合は、高額療養費制度による医療費の助成を利用できます。GH製剤は妊娠している方や悪性腫瘍がある方には投与しません。
ゴナドトロピン分泌低下症の治療では、性ホルモンの補充を行います。女性はエストロゲンやプロゲステロンのホルモン補充療法、また療法挙児希望がある場合は妊孕性の回復を目的として、ゴナドトロピン補充(hCG-FSH療法)を行います。また男性のゴナドトロピン分泌低下症では、挙児希望があり妊孕性回復を目的とする場合はゴナドトロピン補充を行い、ゴナドトロピン分泌低下症に伴うテストステロン分泌不全性に対しての治療はアンドロゲン補充が性機能のみならず体組成にも効果を示すことから、積極的な導入が推奨されています。
中枢性尿崩症
中枢性尿崩症とは
脳下垂体後葉より分泌される抗利尿ホルモン(パソプレシン)の分泌に障害がみられることで、尿を濃縮する機能が低下している状態が中枢性尿崩症です。
発症の原因ですが、特定できない特発性のケースもあります。それ以外では遺伝的要因(遺伝子変異)のほか、脳腫瘍、下垂体炎、肉芽腫性疾患 や頭部の外傷などがあります。
主な症状は口渇・多尿・多飲です。冷水を好みます。多尿とは1日3ℓ以上のことを言いますが、大半は1日5~10ℓになると言われています。尿浸透圧は300mOsm/kg以下、尿比重が1.005以下の低張尿であると確認されると尿崩症が疑われます。
水制限試験では尿浸透圧は300mOsm/kgを越えない。
血漿バゾプレシン濃度は血清ナトリウム濃度と比較して相対的に低下する。
5%高張食塩水負荷時に、血清ナトリウムと血漿バゾプレシンがそれぞれ、
i)144mEq/Lで1.5pg/mL以下、ii)146mEq/Lで2.5pg/mL以下、iii)148mEq/Lで4pg/mL以下、iv)150mEq/L以上で6pg/mL以下である。
バゾプレシン負荷試験で尿量は減少し、尿浸透圧は300mOsm/kg以上に上昇する。
鑑別診断
多尿を来す中枢性尿崩症以外の疾患として次のものを除外します
①高カルシウム血症:血清カルシウム濃度が11.0mg/dLを上回る。
②心因性多飲症:高張食塩水負荷試験と水制限試験で尿量の減少と尿浸透圧の上昇及び血漿バゾプレシン濃度の上昇を認める。
③腎性尿崩症:バゾプレシン負荷試験で尿量の減少と尿浸透圧の上昇を認めない。定常状態での血漿バゾプレシン濃度の基準値は1.0pg/mL以上となっている。
画像検査ではMRI T1強調画像で下垂体後葉の高信号の消失がみられます。 治療についてですが、抗利尿ホルモンのデスモプレシンの点鼻薬や経口薬を使用していきます。また原因疾患が特定している場合は、それに対する治療をおこないます。
末端肥大症
末端肥大症とは
末端肥大の症状は徐々にでてくるので本人や周囲の人は気づきにくく、昔の写真と比べると風貌が違ってきたことがわかります。また色々な合併症(インスリン抵抗性糖尿病、高血圧、脂質異常症、心疾患、変形性関節症、手根管症候群、睡眠時無呼吸症候群、悪性腫瘍(特に甲状腺癌、大腸癌)、咬合不正、歯間離開、無月経、不妊など)が出現し、それぞれの各科を受診しますが、末端肥大症と診断されるまでに長い年月がかかる場合が多いです。
糖尿病や高血圧患者に対する先端巨大症の一律スクリーニングは非常に効率が悪く有用といえないということで、先端巨大症に見られる種々の症状に気をつけて検査していくことが重要となります。この病気の要点としては、下垂体腺腫、IGF-1の高値、成長ホルモン過剰による症状がみられることですが、発病初期例や非典型例では症候が顕著でなかったり、明らかな下垂体腺腫所見を認めないケースもあります。
下垂体腫瘍による圧迫症状がみられるようになると、視力低下・視野障害、頭痛などがみられます。
診断に必要な所見・検査は以下のとおりです
1.主要項目
(1)主症候
①手足の容積の増大
②先端巨大症様顔貌(眉弓部の膨隆、鼻・口唇の肥大、下顎の突出など)
③巨大舌
(2)検査所見
①成長ホルモン(GH)分泌の過剰血清GH値がブドウ糖75g経口投与で正常域まで抑制されない。
②血清IGF-1(ソマトメジンC)の高値(年齢・性別基準値の2SD以上)。
③CT又はMRIで下垂体腺腫の所見を認める。
2.参考事項
副症候及び検査所見
(1)発汗過多
(2)頭痛
(3)視野障害
(4)女性における月経異常
(5)睡眠時無呼吸症候群
(6)耐糖能異常
(7)高血圧
(8)咬合不全
(9)頭蓋骨及び手足の単純X線の異常
3.診断基準
確実例
1(1)①から③の1項目以上を満たし、かつ1(2)①から③全ての項目を満たすもの。
可能性を考慮
ブドウ糖負荷でGHが正常域に抑制されたり、臨床症候が軽微な場合でも、IGF-1が高値で、1(2)③を満たすもの。
ブドウ糖負荷で GHが正常域に抑制されたり,臨床症候が軽微な場合でも, IGF-1が高値の症例は,画像検査を行い総合的に診断します。
ブドウ糖負荷で糖尿病、肝疾患、腎疾患、青年では血中GH値が正常域まで抑制されないことがある。栄養障害、肝疾患、腎疾患、甲状腺機能低下症、コントロール不良の糖尿病などが合併すると血中IGF-Iが高値を示さないことがある。
治療については、下垂体線種を取り除く経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘出術が基本となります。腫瘍が完全に切除しきれない場合もあり、放射線照射療法を併用することもあります。また、腫瘍が小さく腫瘍による圧迫症状が起こりにくい場合は成長ホルモン値を低下させる薬物治療が行われることがあります。術後でも成長ホルモンが下がらない場合や手術ができない場合などは薬物治療 サンドスタチン、GH拮抗薬、ドパミン作動薬が使用されます
尿崩症や下垂体前葉機能低下症(下垂体機能低下症)を伴う場合には、それぞれに応じた薬剤による補充を行います。心血管および脳血管疾患は死亡率上昇の主な原因のため、動脈硬化性血管病変や心疾患に関する検査は定期的におこない,高血圧,糖尿病,脂質異常を コントロールする合併症の管理を行います。
クッシング病
クッシング病とは
副腎から分泌されるホルモンのコルチゾールが過剰に分泌されている状態をクッシング症候群と呼びます。その中でも下垂体腺腫の発生によって異常(分泌過剰)を引き起こしている場合はクッシング病と診断されます。
クッシング症候群による主な症状ですが、脂肪がつきやすくなるので、満月様顔貌、中心性肥満、野牛肩になりやすいです。このほか、皮膚が薄い、赤色皮膚線条、高血圧、近位筋に筋力低下などの特異的症候がみられます。非特異的症候として高血圧、月経異常、にきび、多毛、浮腫、耐糖能異常、骨粗鬆症、色素沈着、精神異常などもみられます。
検査所見
①血中ACTHとコルゾール(同時測定)が高値~正常を示す。
②尿中遊離コルチゾールが高値~正常を示す。
上記のうち、①は必須である。
上記の①、②を満たす場合、ACTHの自立性分泌を証明する目的で、スクリーニング検査を行う。
スクリーニング検査
①一晩少量デキサメサゾン抑制試験:前日深夜に少量(0.5mg)のデキサメタゾンを内服した翌朝(8~10時)の血中コルチゾール値が5µg/dL以上を示す。
②血中コルチゾール日内変動:複数日において深夜睡眠時の血中コルチゾール値が5µg/dL以上を示す。
③DDAVP試験:DDAVP(4µg)静注後の血中ACTH値が前値の1.5倍以上を示す。
④複数日において深夜唾液中コルチゾール値が、その施設における平均値の1.5倍以上を示す。
①は必須で、さらに②~④のいずれかを満たす場合、ACTH依存性クッシング症候群を考え、異所性ACTH症候群との鑑別を目的に確定診断検査を行います。
確定診断検査
①CRH試験、②一晩大量デキサメタゾン抑制試験、③画像検査:MRI検査により下垂体腫瘍の存在を証明する。 ④選択的静脈洞血サンプリング(海綿静脈洞または下錐体静脈洞):クッシング病は下垂 体腫瘍が小さいことが多く、画像検査で腫瘍の存在が同定できないこともまれではなく、選択的静脈洞血サンプリングといってカテーテルから下垂体近くの血液を採取し、ACTHを分泌する腫瘍の存在を明らかにします。
治療は下垂体腺腫が明らかであれば、経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘出術が治療の第1選択です。診断時、重症合併症などで手術療法が施行できない場合は、コルチゾール合成阻害メチラポンあるいはオシロドロスタットなどでコルチゾール低下療法を先に行います。コルチゾール低下療法と合併症治療によるコントロール改善後に、経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘出術を行います。また手術療法で寛解しない場合は再手術、薬物療法や定位放射線治療(γナイフやサイバーナイフなど)を考慮します。
高プロラクチン血症
高プロラクチン血症とは
女子では月経異常、乳汁漏出、不妊、頭痛、視力視野障害などで受診した際にプロラクチンが高いことがあります。男性では性欲低下、陰萎、頭痛、視力視野障害、女性化乳房、乳汁分泌をきたすことがあります。
高プロラクチン血症の原因は多岐にわたります。高プロラクチン血症を起こす薬剤(ドパミン受容体拮抗薬の向精神薬、抗うつ薬、胃薬、降圧薬、エストロゲン製剤など)、甲状腺機能低下症、異所性プロラクチン産生腫瘍、慢性腎不全、肝機能障害、帯状疱疹など胸壁疾患などを除外します。ストレス、運動、食事、睡眠、排卵、妊娠、授乳など生理的要因でも上昇するのでプロラクチンを測定する時間を一定にします。午前10~11時の空腹時に行います。
注意が必要なのは非常に高いプロラクチン値の場合、結合する抗体の競合の関係で低値に出る可能性があったり、生物学的活性はほとんどないプロラクチン-IgG複合体の集合体であるマクロプロラクチンが高プロラクチン血症の正体のこともあります。明らかな臨床症状や病因が指摘できないにもかかわらずプロラクチンのみが高値の場合はマクロプロラクチン血症の可能性も考慮します。
PRL異常高値の場合は視床下部・下垂体腫瘍を精査します。下垂体腫瘍としてはプロラクチノーマ、GH,PRL産生腫瘍、視床下部・下垂体茎疾患ではリンパ球性下垂体炎、頭蓋咽頭腫・胚細胞腫・非機能性腫瘍などが原因となります。 治療対象は大きくなった腺腫と小さい腺腫の一部、高プロラクチン血症に起因する月経異常をともなう不妊や長年の卵巣機能不全をきたす場合などです。
治療は甲状腺機能低下があれば是正し、薬剤が原因と疑われるならば、薬剤を中止や変更をします。プロラクチノーマ・視床下部性の場合は、主としてドパミン作働薬による治療を行いますが、下垂体卒中、視力視野障害を起こしている腫瘍、薬剤抵抗例、薬剤療法不耐応例などは、手術を検討します。妊娠したらドパミン作働薬は中止します。
プロラクチノーマ
プロラクチノーマとは
高プロラクチン血症も御参照ください。 下垂体腺腫からプロラクチンと呼ばれるホルモンが産生されている状態がプロラクチノーマです。主な症状ですが、女性の場合は乳汁漏出、無月経、不妊の症状が現れます。また男性では性欲低下やEDがみられます。女性の方が気づきやすいとされる病気で、男性は発見が遅れることが多いです。
治療については、薬物療法が基本となります。具体的にはプロラクチンの過剰分泌を抑えるとされるカベルゴリン(カバサール0.25㎎/日 週1回 就寝前経口投与より開始。維持量0.25-0.75㎎ 最大1㎎/日)、ブロモクリプチン等が用いられます。なお、薬物療法では効果が乏しい、腺腫が巨大化している場合は手術療法(経蝶形骨洞手術)となります。
バゾプレシン分泌過剰症(SIADH)
SIADHとは
抗利尿ホルモンが不適切に分泌され、低ナトリウム血症をきたし、倦怠感、食欲低下、意識障害などがありますが、低ナトリウム血症が軽度であれば自覚症状がでません。
検査所見では血清ナトリウム濃度は135 mEq/Lを下回る。血漿浸透圧は280 mOsm/kgを下回る。低ナトリウム血症、低浸透圧血症にもかかわらず、血漿バソプレシン濃度が抑制されていない。尿浸透圧は100 mOsm/kgを上回る。尿中ナトリウム濃度は20 mEq/L以上である。
腎機能正常、副腎皮質機能正常。血漿レニン活性は5 ng/mL/h以下であることが多い。血清尿酸値は5 mg/dL以下であることが多い。水分摂取を制限すると脱水が進行することなく低ナトリウム血症が改善します。鑑別診断では、低ナトリウム血症を来す次のものを除外します。
- 細胞外液量の過剰な低ナトリウム血症:心不全、肝硬変の腹水貯留、ネフローゼ症候群
- ナトリウム漏出が著明な細胞外液量の減少する低ナトリウム血症:原発性副腎皮質機能低下症、塩類喪失性腎症、中枢性塩類喪失症候群、下痢、嘔吐、利尿剤の使用
- 細胞外液量の正常な低ナトリウム血症:下垂体前葉機能低下症など
SIADHの病因は異所性バソプレシン産生腫瘍と、下垂体後葉由来のバソプレシン分泌亢進に分けられます。
- 中枢神経系疾患:
- 髄膜炎 、 脳炎 、頭部外傷 、くも膜下出血、脳梗塞・脳出血、脳腫瘍
- 肺疾患:
- 肺腫瘍 、 肺炎 、 気管支喘息 、陽圧呼吸
- 異所性バソプレシン産生腫瘍:
- 肺小細胞癌 、 膵癌
- 薬剤性:
- 抗てんかん薬や抗うつ薬
治療は以下のとおりです。
血中ナトリウム濃度が120 mEq/L未満の場合、あるいは低ナトリウム血症による中枢神経症状がある場合には、入院をします。
- 原疾患の治療
- 1日の総水分摂取量を体重1 kg当り15~20 mLに制限する。
- 食塩を経口的または非経口的に投与する[例:食塩 9 g/分3/日]。
- 重症低ナトリウム血症(120 mEq/L以下)で中枢神経系症状を伴うなど速やかな治 療を必要とする場合はフロセミドを随時10~20 mg静脈内に投与し、尿中ナトリウ ム排泄量に相当する3%食塩水を投与する。その際、浸透圧性脱髄症候群を防止する ために1日の血清ナトリウム濃度上昇は10 mEq/L以下とする。
- 血清ナトリウム濃度の上昇が、24時間で10 mEq/L、48時間で18 mEq/Lを超えた 場合は、3%食塩水の投与を速やかに中止する。また、5%ブドウ糖液の投与等によ って血清ナトリウム濃度を再度低下させることを検討する。
- 水分制限にて低ナトリウム血症の改善を認めない場合に、成人にはトルバプタン口 腔内崩壊錠 (7.5 mg)を1日1回経口投与する。より緩やかに血清ナトリウム濃度を 補正する必要がある場合には半量 (3.75 mg)から開始することが望ましい。
下垂体性TSH分泌亢進症
TSH産生腫瘍とは
TSH産生腫瘍の診断基準を以下に示します。
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
1.主要項目
(1)主要症候
①甲状腺中毒症状(動悸、頻脈、発汗増加、体重減少)を認める。
②びまん性甲状腺腫大を認める。
③下垂体腫瘍の腫大による症状(頭痛、視野障害)を認める。
(2)検査所見
①血中甲状腺ホルモンが高値にもかかわらず、血中TSHは用いた検査キットにおける健常者の年齢・性別基準値と比して正常値~高値を示す。
②画像診断(MRI又はCT)で下垂体腫瘍を認める。
③摘出した下垂体腫瘍組織の免疫組織学的検索によりTSHβないしはTSH染色性を認める。
2.参考事項
(1)αサブユニット/TSHモル比>1.0(注1)
(2)TRH試験により血中TSHは無~低反応を示す(頂値のTSHは前値の2倍以下となる。)例が多い。
(3)他の下垂体ホルモンの分泌異常を伴い、それぞれの過剰ホルモンによる症候を示すことがある。
(注1)閉経後や妊娠中は除く(ゴナドトロピン高値のため。)。
3.鑑別診断
下垂体腫瘍を認めない時は甲状腺ホルモン不応症との鑑別を必要とする。
4.診断基準
Definite:(1)の1項目以上を満たし、かつ(2)①から③全ての項目を満たすもの
Probable:(1)の1項目以上を満たし、かつ(2)の①、②を満たすもの
治療
下垂体TSH産生腫瘍の多くは大きな腫瘍であり、治療の第一選択は手術で腫瘍を摘出することです。 手術により約75%の患者さんで治癒することが報告されています。 手術を希望しない、あるいは手術ができない場合、または手術で完全に取り切れなかった腫瘍に対してはガンマナイフという放射線治療も行われます。
手術、放射線による治療でも効果が不十分な場合には薬による治療があります。薬としてはソマトスタチンアナログ製剤、ドパミン作動薬(プロラクチンを同時産生する腫瘍の場合)が用いられます。現在では長時間作用するソマトスタチンアナログ製剤があり、月1回の筋肉注射で、長期間のコントロールが可能です。また、症状改善効果ならびに腫瘍縮小効果を期待して手術の前に使用されることもあります。
不適切TSH分泌症候群
不適切TSH分泌症候群とは
甲状腺ホルモン(FT4)が高いにもかかわらず、甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌が抑制されることなく血中TSHが正常または高値を示す病態を不適切TSH分泌症候群(SITSH)と言います。SITSHは甲状腺ホルモンに対する標的臓器の作用が減弱している甲状腺ホルモン不応症(RTH)と TSH 産生腫瘍 (TSHoma)の 2 つの原因があります。
まず、真の SITSH か「見かけ上の SITSH」であるかの鑑別をおこないます。 一般に血中 TSH の動きは FT4の変動より遅いため、バセドウ病再燃や破壊性甲状腺炎の初期には SITSH 様の所見がみられることがあるため、数回ホルモンの検査を行い、 SITSH の持続を確認します。また 検査法上の問題により SITSH 様の検査結果が得られることがあるので、再検査の時は できるだけ検査法を変えたり、抗体の影響をうけにくい2 ステップアッセイ法で測定します。
甲状腺ホルモン不応症
甲状腺ホルモン不応症とは
この病気のほとんどの人では、β型という種類の甲状腺ホルモン受容体の遺伝子の変異が原因であることが知られています。RTH の主な病因となるβ型 T3 受容体 (TRβ)変異が確認出来れば RTH と診断で きるため、どの時点で TRβ遺伝子解析を依頼するかが鑑別のキーポイントとなりますが、甲状腺ホルモン受容体遺伝子に変異が見つからないこともあります。
症状としては甲状腺が腫れるというのが最も多い症状ですが、軽度の頻脈以外の症状を示さない症例が多いです。なかには甲状腺中毒症症状が強く注意欠陥多動障害や著しい頻脈を示す方もいます。まれではありますが、ホルモンの働きが極端に弱い一部の患者さんでは、生まれつき甲状腺ホルモンが足りない場合にみられる、知能発達遅延、低身長や難聴などの症状を伴うこともあります。治療は頻脈に対しβ遮断薬による対症療法がおこなわれます。以下診断基準を示します。
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
I.主要症候
(1)大部分の代謝状態は正常で臨床症状はない(全身型)。
しかし、甲状腺機能低下症あるいは亢進症の症状のいずれもとり得る。
さらに同一症例にこれらの症状が混在することがある。
亢進症状の強い症例を下垂型としてきた。
(2)軽度のびまん性甲状腺腫大を認めることが多い。
(3)血中の甲状腺ホルモン濃度と全身の代謝状態が合致しない*1。
II.検査所見
(1) 血中甲状腺ホルモン(特に遊離T4値)が高値にもかかわらず血中TSHは基準値内~軽度高値を示す(Syndrome of Inappropriate Secretion of TSH:SITSH)が持続する。*2
(2)甲状腺ホルモン剤投与による反応が乏しい。
(3)甲状腺ホルモン受容体β遺伝子に変異を認める。
III.参考事項
(1)TRH試験により血中TSHは正常反応を示す。
甲状腺ホルモン剤を投与した際のTSHの抑制が不十分。
(2)血中αサブユニットあるいはαサブユニット/ TSHモル比は正常。
(3)血縁者に発生する。
IV.除外項目
TSH産生腫瘍やアルブミン遺伝子異常による家族性異アルブミン性高サイロキシン血症との鑑別を必要とする。
診断のカテゴリー
Definite:IとIIの(1)、(3)を満たす症例。
Probable:IとIIの(1)を満たす症例。
*1 参考所見としてSHBG、ALP、フェリチン、CK、尿中デオキシピリジノリンなど。
*2 測定系や測定時期を変更し、真のSITSHであるか確認する。
遺伝子診断について
TRβ遺伝子解析の結果、変異があり以下の3つのいずれかの条件を満たせばRTHの診断は確定する。
- 第1度近親者にSITSH症例が存在する。
- TRβ遺伝子変異がRTH症例において既報の変異である。
- これまでに報告のない新規変異であるが、その変異がRTHにおいて変異が収束する3つのクラスター上に位置する。